【BEC Online School】見られている意識を

指導者や仲間が見ている意識。

誰かに見られている意識で発信や言葉も気を付けるということ。

見られている意識

見られている意識。

最近、誰にも見られていない意識がありました。

「誰も見てないや、、、」

こういう意識だと、発信もブレるし、言いたいことも言えない状況になります。

以前、BECの宣言チャットでおっしゃっていたことを思いだしました。

「ストーカーのように見ている」

そのくらい真剣に見ているということ。
文字から書いた人の思考も手に取るようにわかる、と私は考えました。

文字としっかり向き合ってきた三浦さんだからこそ、文字からすべてその人の性格、思考までを知ることができるのはないかと思います。

指導者もしっかり見ているので、向き合う私たちも文字としっかり向き合い、真剣に書かないと失礼になると感じています。

最近、誰も見てないと思いながらやっていたことを見透かされているようで、ハッとなりました。

見てもらえているという安心感というより、見てもらえているので嬉しさで舞い上がり、一気にそこから危機感になる感じです。

見られるだけでなく、見て学ぶ意識

見られている意識が必要なのは、指導される立場が多いと思いますが、見られている側でも仲間や指導者のことをストーカーのように見て気づきを得ることもアリ。

成功している人をパクるだけでなく、どんな風に発信しているか?
どんな立ち振る舞いなのか?
なぜその投稿をFacebookでしたのか?

など、学ぶことはたくさんあります。

見て学ぶのは、気づきだけでなく、自分のこと照らし合わせていくと自分と指導者や仲間との違いに気づくはずです。

モデリングとよく言いますが、そのままパクリぐらいまでマネをしろ!とまで言われています。

「どんな風に見られたいか?」

自分がどんな風になりたいか?をしっかり持つことで、見られている意識で発信するとすごく力になります。

フラフラしている人の発信は、指導者も見たくないし、見られるためには自分からアピールも!

コミュニティの中で目立つには、自らアピールも必要でした。。。

見られているという意識と見る意識。

今の私の想いを言語化できる最大限の力を発揮していきます。

今すぐには、上手くならずアウトプットすることで(ただ書くのではなく、最大限の力で)自分の気持ちを言語化できるように。

今日は、先日の

「期待されているときにやらないのはアホ、
期待されていない時に如何にやれるかが人の本当の真価を問われる。」

に近いものがありました。

指導者はいつでも期待しているから見ているということ。

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